TEO Side Story TEO Side Story
last updated 1997/07/30

第76話(全130話)

嵐のあと(3/4)




 マリカは上半身を起こすと、膝を抱えるようにしてうずくまる。誰も責めることの出来ない
過失は、自分で負わなければならない。つまり一刻も早くこの状況を改善しなければならない
。そうすることが過失責任を償う唯一の道だ。それはわかってる。わかっているけれど、でも
具体的にどう判断し、どう処理し、どう行動すればこの状況を変えられるのか、それがマリカ
にはわからない。わからないから無性に苛立つ。苛立っても何も解決しないのがわかっている
から、何だかもう無気力の塊が赤い髪を伸ばしているような感じになってしまう。
 うずくまり、自分の膝に顔を埋めていると、何だか楽だった。周りのものすべてを寄せ付け
ないで、自分だけの想いの中に沈み込んでいるのは、とても楽ちんだ。
 けれど、それでは駄目だ。マリカはゆっくりと顔を上げる。昨夜のひどい仕打ちなんかまる
でなかったことにして、とぼけた顔をしているおだやかな海が見えた。海はどこまでも青く、
どこまでも凪いでいた。つまり風がなかった。空を見上げてみた。朝陽が徐々に天球を頂上へ
と向けて昇って行く。雲はない。快晴だ。だから気分がとてもいい。というふうに呑気に構え
るわけにはいかなかった。風もなく、雲もなく、太陽だけが輝き、この筏には水も食料もない
。 マリカは周囲四方を見回してみる。どこにも島影は見えない。
 それがどういうことを示しているのかは考えるまでもなかった。
 つまりは、
 次なる地獄がはじまろうとしている
 ということだ。
「気持ち悪いくらい静かな一日になりそうだね。ゆっくり昼寝してればいいのに、もう起きた
の?」
 ピートが気づいて上体を起こす。
「海の真っただ中で風も雲もない快晴だなんて、静か過ぎるわ。長閑かに昼寝なんかしてる場
合じゃないわよ、マスター」
「え?」
「考えて。あたしたちには陽射しを遮るものが何もないのよ。あの太陽の光をまともに浴び続
けなければならないの。風もない。体感温度を下げてくれる風はないのよ。周りに島は影さえ
見えない。筏を進める櫂もない。自力で進めば、それで少しは風を起こせるけど、波も櫂もな
しで船は進められないわ。ということはつまり」
「灼熱地獄がぼくらを待ち構えてるって、そういうこと?」
「昨日の嵐が楽しいピクニックに思えてくるでしょうね」
 マリカは言った。しかし悲観的な口調ではない。どう考えても悲観するしかない状況なのに
、だからこそ逆に、それがマリカの闘志に火を点けたようだ。
 面白いじゃないの。上等だわ。
 マリカの目がそう言っていた。
 自分を高め、本当の自分をみつけるために旅に出たあたしなのだ。試練は望むところ。逆境
は大歓迎だ。
 マリカは打ちのめされ、挫けてしまいそうな本心を、そんな強がりでオブラートする。強が
って気持ちを無理に奮い立たせなければ、心の均衡が保てないマリカだった。傷ついたフィン
フィンやワーターを守るために出来ることは、弱気に飲み込まれてしまいそうな自分を、精一
杯、鼓舞し続ける以外にない。
「マスター、フィンフィンの傷を見て。化膿してない?」
 言われてロボットは筏の上でグッタリしているフィンフィンに歩み寄る。
「彼はずっと塩水に傷をひたし続けてたからね、それが良かったんだと思うよ。大丈夫、化膿
はしてない。ただ出血がひどくて、体力が持ちそうもないな」
「これをあげて」
 マリカは腰に下げた麻袋の中からティゼルの実を取り出した。
「それ、最後のひとつじゃないの? きみが持っていなくていいの?」
「あたしはまだ大丈夫だし、あたしがそれを必要とするほど衰弱したら、その時はもうフィン
フィンはこの世にはいないはずよ。だからいまフィンフィンにそれを与えて」
 マリカはテイゼルの実をマスターに手渡す。マスターは塩水にふやけ、上昇してくる気温に
早くも傷みはじめているその実をしばらく眺めた。そしてどっちみちいま食べなければこの実
は誰の役にも立たないまま腐ってしまうだろうと判断する。そうなってしまう前に、少なくと
もフィンフィンの体力を回復させるために使ったほうがいい。マスターは実を三つにわけた。
そして全体の八割りをフィンフィンの口に入れて、喉に押し込む。フィンフィンは力ない顎を
開けて、ほとんど無意識の打ちに実を飲み込んだ。それを確認してから、マスターは残り二割
りを等分に分けて、ワーターにひと切れを食べさせ、残りのひと切れをマリカへと差し出し返
す。
「マリカも食べたほうがいい。午後になるまでに体力は少しでも蓄えておいたほうがいいよ」
 マスターの進言に、マリカは反発しなかった。自分が生き延びなかったら、仲間たちの明日
もないのだと、マリカは自覚していた。わずかなティゼルの実を口に含み、マリカはかすかに
笑う。
「もうひととつティゼルの実が必要な時がきたら・・きっと来るのは間違いないけど・・その
時は瞼を閉じてティゼルの実を思い浮かべることにするわ」
「そうだね。みつめるだけでも味わうことができる。アーバムはそう言っていたものね」
 ならば、脳裏に正確にティゼルの実を思い描き、そのイメージをみつめるだけでも、じっさ
いに食したのと変わらない効能があるのではないか。マリカはそれに期待した。ピートもそれ
を支持した。イメージする力を侮ってはいけない。強く正確なイメージは肉体に実際の体験と
同じ効果を与えることになる。ティゼルを食べた、その実がいま、自分の体内で消化され、み
るみる体に体力を回復させて行く、と、そうイメージするのだ。すると、体が実際にティゼル
の実を食べたかのように反応しはじめる。そういう不思議もまた現実にあるのだと、ピートは
信じることにした。癌細胞を白血球がやっつけている、とイメージすることで本当に癌を治し
てしまった、という人のニュースをピートは見たことがあった。そういう不思議はある。そし
て、体の組織をどう働かせるかは、脳からの指令によるのだとすれば、その脳に強く揺るぎな
いイメージを与えることによって、脳を騙し、脳から体力回復指令を発令させることも可能だ
ろう。信じる者は救われる。それはつまり、こうしたイメージの力を説いた言葉なのかもしれ
ない、
 幸運を信じなさい。
 マリイアの言った言葉がピートの脳裏に甦る。

(つづく)




Back Number


back

presented by son@ch-teo.com

Copyright(C)1997 FUJITSU LIMITED.
All Right Reserved.